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前十字靭帯の損傷と断裂の違いとは?診断・症状・リハビリの全体像を解説

はじめに

スポーツ現場や整形外科領域で頻繁に見られる前十字靭帯(ACL:anterior cruciate ligament)損傷。なかでも「前十字靭帯損傷」と「断裂」はしばしば混同されやすいものですが、治療方針やリハビリテーションの内容は大きく異なります。
本コラムでは、医療従事者を対象に、前十字靭帯の損傷と断裂の違いや症状、診断、保存療法と手術療法の選択、そしてリハビリテーションの実際について、エビデンスを交えて解説します。

前十字靭帯とは?

前十字靭帯(ACL)は、膝関節内に位置し、大腿骨と脛骨をつなぐ靭帯です。ACLは膝関節の前方移動と回旋を制御し、関節の安定性を保つ役割を担っています。
特にジャンプ着地や急な方向転換、切り返し動作時に重要な役割を果たすため、サッカー、バスケットボール、バレーボール、スキーなどのスポーツで損傷することが多く見られます。

「損傷」と「断裂」の違いとは?

● 前十字靭帯損傷とは?
「損傷」はACLの構造が部分的に傷ついた状態で、靭帯がまだ連続しているケースを指します。伸張、微細断裂、部分断裂を含みます。損傷の程度によっては保存療法が可能で、靭帯の機能がある程度保持されていることもあります。

● 前十字靭帯断裂とは?
「断裂」は靭帯が完全に切れている状態です。完全断裂では靭帯が大腿骨または脛骨から引き剥がされたり、靭帯自体が中央部で断裂することが多く、自然治癒は困難とされています。
MRIや関節鏡を用いた検査で、靭帯の連続性が完全に失われている場合は断裂と診断されます。

主な症状と診断方法

ACL損傷や断裂が起こった際には、以下のような典型的な症状が現れます。
膝の激しい痛みと腫脹(24時間以内に出現)
「ブチッ」という断裂音(断裂の場合)
膝崩れ感(giving way)
可動域制限
歩行困難

診断方法
徒手検査:Lachmanテスト、前方引き出しテスト、Pivot-shiftテストなど
MRI検査:靭帯の損傷・断裂の有無や程度を評価
関節鏡検査:診断精度が高く、手術と同時に実施されることもあります
Hong et al.(2020)の研究では、LachmanテストとMRIの併用によりACL損傷の診断感度は90%以上に達することが報告されています。

保存療法と手術療法の選択

ACL損傷・断裂に対しては、年齢、活動レベル、損傷の程度、膝の不安定感の有無などに応じて治療方針を選択します。

● 保存療法
保存療法は、主に以下のようなケースに適応されます。
部分損傷で関節の不安定性が軽度
高齢で活動レベルが低い
手術リスクが高い
保存療法では、筋力強化や関節安定性の向上を目的としたリハビリテーションが中心となります。

● 手術療法
ACL断裂や重度損傷で関節の不安定性が強い場合には、再建手術が選択されます。自家腱(半腱様筋腱や膝蓋腱)を用いてACLを再建する方法が一般的です。
Frobell et al.(2013)は、若年で活動レベルが高い患者において、ACL再建術がスポーツ復帰と膝機能の改善に寄与することを示しています。

リハビリテーションのステップとポイント

ACL損傷・断裂に対するリハビリは、保存療法でも術後でも不可欠です。段階的に進めることが重要で、以下のフェーズに分けられます。

【急性期(~2週間)】
炎症の抑制(RICE処置)
膝関節可動域の回復(特に伸展)
荷重の段階的許可(症状に応じて)

【回復期(2週間~3か月)】
大腿四頭筋・ハムストリングスの筋力強化
体幹・股関節の安定化訓練
歩行訓練

【機能的回復期(3~6か月)】
プライオメトリクス
アジリティトレーニング
スポーツ動作の再現

【競技復帰期(6か月~)】
競技特異的トレーニング
再受傷予防(ジャンプ着地指導、バランストレーニング)

術後のリハビリでは、ACL再建術後の靭帯移植部の成熟過程(graft remodeling)を考慮し、強度が最も低下する3か月前後の期間は特に注意が必要です(Claes et al., 2011)。

再受傷予防と今後の展望

ACL損傷の再発率は、若年アスリートで特に高く、片脚に再建手術を受けた患者の約20%が数年以内に反対側のACLを損傷するといわれています。
そのため、Neuromuscular Training(神経筋トレーニング)による予防プログラムの導入が推奨されています。
Grindem et al.(2016)は、競技復帰までに少なくとも9か月のリハビリ期間を設けた群が、6か月未満で復帰した群に比べて再受傷率が低いことを報告しています。

まとめ

前十字靭帯の損傷と断裂は、診断・治療・リハビリのすべてにおいて正確な判断と多職種の協力が求められる整形外科的課題です。
医療従事者は、「損傷」と「断裂」の違いを理解したうえで、患者の活動レベルや予後を考慮した最適な治療選択と、段階的なリハビリテーションを提供することが求められます。
再受傷予防の視点を持ち、長期的な機能維持を目指した支援を行いましょう。

参考文献

1. Hong L, et al. (2020). Accuracy of Lachman test and MRI in the diagnosis of ACL injuries. J Orthop Surg Res. 15: 32.
2. Frobell RB, et al. (2013). Treatment for acute anterior cruciate ligament tear: five year outcome of randomized trial. BMJ, 346:f232.
3. Claes S, et al. (2011). Histological characteristics of anterior cruciate ligament grafts in humans. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc, 19(3): 386–393.
4. Grindem H, et al. (2016). Return to sport after ACL reconstruction: association with age, sex, and time to surgery. Br J Sports Med, 50(15): 941–947.

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