透析患者にとって、水分制限は生命に直結する重要な自己管理項目です。特に日本のように四季の変化が明確な環境では、季節ごとに水分の摂取量や管理方法を調整する必要があります。本コラムでは、「透析患者」と「水分制限」をキーワードに、気候や時期によって異なる注意点や、科学的エビデンスに基づいた管理法について解説します。医療従事者が患者指導に役立てることを目的とし、実践的な視点からまとめました。
慢性腎不全により透析治療を受ける患者は、腎機能が著しく低下しており、自力での水分排泄が困難です。そのため、水分の過剰摂取は心不全、肺水腫、高血圧などのリスクを引き起こし、場合によっては命に関わることもあります。標準的な目安としては、体重増加が透析間で体重の3〜5%以内(通常2kg以下)に収まるように制限を指導するのが一般的です。
夏場は気温・湿度が高く、発汗量も増えるため、脱水への不安から水分を多めに摂ってしまう傾向があります。汗による水分喪失はあるものの、腎機能が低下した透析患者では尿量による調整ができないため、汗で失った以上に飲んでしまうと、結果として体内に過剰な水分が蓄積されてしまいます。
夏の指導ポイント:
・発汗量に関係なく、基本的な水分制限量は大きく変えない
・冷たい飲料を好む傾向があるため、摂取頻度・量の記録指導を徹底
・経口補水液の安易な使用には注意(ナトリウム過剰のリスクあり)
・暑熱順化が不十分な患者には室温管理や衣類の工夫も必要
冬は発汗が少なく、体内の水分が蓄積しやすくなる季節です。運動量の減少、温かい飲み物の摂取増加、加湿器使用なども影響します。特に注意すべきなのは、乾燥による口渇感や、暖房による体温上昇により水分を欲しがるケースです。
冬の指導ポイント:
・口腔内の保湿対策(唾液腺マッサージや氷片利用など)
・温かい飲み物の「回数」「量」を意識して摂取管理
・体重増加と浮腫、血圧の変動に細心の注意
・間食(果物やスープ類)に含まれる“隠れ水分”も要管理
気温や湿度が穏やかな春や秋は、体調を崩しにくく、水分管理も一見容易に思えます。しかし、患者の心理的な油断から、制限が緩んでしまう傾向があります。また、秋は果物の摂取量が増える時期であり、水分だけでなくカリウム制限の観点からも注意が必要です。
透析クリニックでは、以下のような工夫が効果的です:
・患者ごとに水分摂取の傾向を可視化(記録表やグラフ)
・家族にも協力を求め、冷蔵庫や食卓にメモを貼る
・飲みたいときの代替行動(ガム、うがい、氷片など)を指導
・水分だけでなく塩分制限とセットで指導する
・Chazot et al.(2001)は、水分制限が透析患者の左室肥大や心血管イベントに与える影響を報告し、厳格な体重管理が予後改善に寄与することを示しました。
・Wabel et al.(2008)は、体液過剰が死亡率を有意に上昇させることを報告し、透析患者における水分バランスの管理の重要性を裏付けています。
・日本透析医学会のガイドライン(2019年版)では、体重増加量が週あたり4〜6%を超えないよう指導することを推奨しています。
透析患者にとって水分制限は、季節に応じた柔軟な指導と自己管理が求められる重要課題です。医療従事者は、患者の生活背景や心理的側面も考慮しながら、具体的かつ個別化された支援を行うことが求められます。科学的根拠に基づいた実践的な指導を通じて、透析患者の安全な生活と予後の改善を支えていきましょう。
1. Chazot, C. et al. (2001). “Limiting weight gain in dialysis patients is associated with better control of hypertension and improved survival.” Nephrology Dialysis Transplantation.
2. Wabel, P. et al. (2008). “Importance of fluid management in hemodialysis patients.” Nephrology Dialysis Transplantation.
3. 日本透析医学会. (2019). 慢性維持透析ガイドライン(2019年改訂).
4. National Kidney Foundation. (2015). KDOQI Clinical Practice Guidelines for Hemodialysis Adequacy: 2015 Update.