集中治療室(ICU)は、重症患者の生命を維持するために不可欠な医療環境です。しかし、ICU管理が長引くことで、筋力低下や身体機能障害、精神的合併症が生じることが知られています。これらは「ICU後症候群(PICS)」と呼ばれ、ICU退室後も患者のQOLに大きな影響を及ぼします。
このような背景から、ICU入室中からの「早期リハビリテーション」が注目されており、近年ではエビデンスに基づく介入が推奨されています。本コラムでは、そのICUにおけるリハビリテーションの目的やその重要性、実践方法について解説します。
ICUにおける早期リハビリテーションとは、患者の全身状態が安定した段階から、呼吸療法や離床・運動療法を含めたリハビリを段階的に開始する取り組みを指します。
従来は、重症患者に対しては安静が重視されていましたが、近年の研究では、過度な安静は筋萎縮や身体機能低下を招き、回復を遅らせることが明らかになっています(Puthucheary et al., 2013)。そのため、ICU滞在中から適切な時期にリハビリを開始することが、患者の早期回復に効果的とされています。
ICU内での早期リハビリテーションの主な目的は、以下の通りです。
・筋力低下の予防と改善 ICU入室中は、重症疾患や人工呼吸管理により、短期間で急速な筋力低下(ICU-acquired weakness)が起こります。早期リハビリテーションは、筋萎縮や筋力低下の予防に効果的です。
・身体機能・ADLの維持・向上 離床や運動療法を早期に行うことで、起立・歩行・自己管理能力の回復が促進され、ICU退室後の生活機能向上につながります(Schweickert et al., 2009)。
・呼吸機能の改善 呼吸筋の活動を促し、人工呼吸からの離脱(ウィーニング)をスムーズに進める効果も期待されています。
・精神的・認知機能障害の予防 せん妄予防や、ICU後の認知機能障害リスク低減も、早期リハビリの重要な目的のひとつです。
早期リハビリテーションは、患者の状態に応じて段階的に進めます。以下は代表的な介入例です。
・パッシブレンジ運動(他動運動) 意識障害がある場合でも、ベッド上・ベッドサイドでの筋トレや関節可動域訓練を行い、関節拘縮や筋萎縮を防ぎます。
・呼吸訓練・呼吸筋トレーニング インセンティブスパイロメトリーや呼吸筋トレーニングデバイスを用いて、呼吸機能の維持・改善を図ります。
・ベッド上での体位変換・端座位 体位変換により褥瘡予防や肺換気の改善を促進。可能であれば、端座位を保持し離床を目指します。
・離床・立位訓練・歩行訓練 バイタルサインの安定を確認した上で、立位保持や歩行訓練に進みます。ICU内でのモニタリング下での実施が原則です。
・認知機能訓練・せん妄予防 環境調整やオリエンテーション、簡単な課題提示を行い、認知機能の維持を図ります。
ICUでのリハビリテーションは、重症患者を対象とするため、安全管理が最優先されます。バイタルサイン、酸素化、循環動態の変化に注意し、適切な評価と判断をもとに実施する必要があります。
医師・看護師・理学療法士・作業療法士・呼吸療法士・臨床工学技士など、多職種が密に連携し、患者一人ひとりに合わせたプログラムを構築することが、早期リハビリテーションの成功の鍵となります(Hanekom et al., 2011)。
早期リハビリテーションの有用性は、早くから多くの研究で示されています。
・Schweickertら(2009)の研究では、ICUでの早期リハビリと通常ケアを比較し、リハビリ実施群では自立歩行達成までの期間が短縮し、せん妄発生率も低下したことが報告されています。
・Morrisら(2008)の研究では、早期離床プログラムにより、ICU滞在日数および入院期間が有意に短縮されました。
・Puthuchearyら(2013)は、ICU滞在による筋量減少が急速に進行することを示し、早期介入の重要性を強調しています。
これらのエビデンスは、ICUでの早期リハビリテーションが患者の予後改善に直結することを裏付けています。
ICU内での早期リハビリテーションは、筋力低下や身体機能障害の予防、精神的合併症の軽減に有効な介入であり、患者の早期回復とQOL向上に大きく貢献します。
医療従事者は、適切な評価と安全管理のもと、多職種チームで連携しながら、患者に最適なリハビリプログラムを提供していくことが求められています。ICUでのリハビリテーションは、生命維持治療と並ぶ重要な医療介入として、今後ますます注目される分野です。
・Schweickert WD, Pohlman MC, Pohlman AS, et al. Early physical and occupational therapy in mechanically ventilated, critically ill patients: a randomised controlled trial. Lancet. 2009;373(9678):1874-1882.
・Puthucheary ZA, Rawal J, McPhail M, et al. Acute skeletal muscle wasting in critical illness. JAMA. 2013;310(15):1591-1600.
・Hanekom SD, Louw Q, Coetzee AR. The way forward for early mobilization in ICU: a rehabilitation perspective. Crit Care. 2011;15(5):217.
・Morris PE, Goad A, Thompson C, et al. Early intensive care unit mobility therapy in the treatment of acute respiratory failure. Crit Care Med. 2008;36(8):2238-2243.