入院や安静による筋力低下は、高齢者のみならずすべての患者にとって深刻な問題です。特に「廃用性筋萎縮」は、活動量の低下や臥床状態が原因で急速に進行するため、早期の介入が求められます。一方、近年注目されている「サルコペニア」は加齢に伴う筋量と筋力の減少であり、その病態や対策は廃用性筋萎縮と似て非なるものです。
本コラムでは、「廃用性筋萎縮」の定義や特徴を中心に、似た概念であるサルコペニアとの違いを明確にしながら、臨床現場での実際的なアプローチや対応策について解説します。
廃用性筋萎縮とは、「不活動によって筋量が減少し、筋力が低下する状態」を指します。一般的に、長期間の臥床や活動制限、ギプス固定、安静指示などによって、筋の使用頻度が減少することで発生します。
筋は使用しなければ速やかに萎縮しますが、そのプロセスは非常に早く、研究によれば健常な成人でも臥床状態が続くと、10日間で約5%、3週間で最大15%の筋量が減少することが示されています。特に速筋線維(type II)の萎縮が顕著であり、転倒やADL低下のリスクが高まる要因となります。
また、筋萎縮は下肢筋群、特に大腿四頭筋に強く現れ、歩行能力の低下や座位保持の困難といった機能的問題を引き起こします。
廃用性筋萎縮の特徴は、急速な筋力低下とそれに伴うADLの低下です。以下に、臨床的に観察される主な兆候を示します。
● 筋力低下: 握力や下肢筋力の著明な低下。
● 筋量減少: CTやMRI、超音波を用いた評価で筋厚の減少が確認される。
● 持久力の低下: 短距離の移動でも疲労を訴える。
● 転倒リスクの増加: バランス能力や歩行速度の著明な低下。
これらの症状は、サルコペニアにも共通する部分がありますが、発症のスピードと原因が異なる点に注意が必要です。
サルコペニアは、加齢や慢性疾患に伴って徐々に進行する筋量と筋力の減少を指す疾患概念であり、2016年にWHOのICD-10でも正式な疾患分類として認定されています。主に以下の点で廃用性筋萎縮と区別されます。
比較項目 | 廃用性筋萎縮 | サルコペニア |
---|---|---|
原因 | 不活動(臥床・安静・固定) | 加齢、慢性疾患、栄養不良 |
進行の速さ | 急速(数日〜数週間) | 緩徐(数か月〜年単位) |
可逆性 | 適切なリハビリで比較的可逆 | 進行性・完全な可逆性は乏しい |
主な影響部位 | 下肢筋群(特に大腿四頭筋) | 全身性(体幹筋群含む) |
診断基準 | 明確な診断基準なし | EWGSOP2やAWGSによる基準あり |
サルコペニアの診断には、筋量(DEXAやBIAなどで評価)、筋力(握力)、身体機能(歩行速度など)の3要素が用いられます。
一方、廃用性筋萎縮には明確な診断基準は存在しないため、臨床経過や活動歴、機能評価からの判断が重要です。
1. 早期離床とリハビリテーション
入院患者では、できるだけ早期から離床やリハビリを開始することが推奨されます。ICU-AW(集中治療室後の筋力低下)予防のための「早期モビリティ」は、近年の集中治療分野でも重要視されています。
2. 栄養管理
特に高齢者では、たんぱく質・ビタミンD・BCAA(分岐鎖アミノ酸)を適切に補給することが、筋合成の促進につながると報告されています。
3. 精神的アプローチ
安静や臥床が長期化すると、患者は活動への意欲を喪失することがあります。認知機能低下やうつ傾向を併発しているケースでは、精神的サポートも並行して行う必要があります。
高齢患者では、加齢に伴うサルコペニアの進行に加え、入院や手術後の活動制限により廃用性筋萎縮が重なるケースが多く見られます。このような「二重の筋減少状態」は、身体機能の著しい悪化と転帰不良につながるため、医療従事者による多面的な評価と介入が不可欠です。
廃用性筋萎縮は、不活動や臥床に起因して急速に進行する筋力・筋量の低下であり、加齢に伴って徐々に進行するサルコペニアとは異なる病態です。両者の違いを正しく理解し、早期のリハビリ、適切な栄養管理、精神的ケアを組み合わせた包括的な対応が、機能回復と予後改善に寄与します。
医療従事者は、これらの知識を臨床に活かし、患者のQOL向上を目指した支援を行っていくことが求められます。
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