近年、透析患者では、「立ち上がるとふらつく」「透析後に歩けなくなる」「立位保持が不安定になる」といった症状がみられることがあります。
その背景の一つとして重要なのが、「起立性低血圧」です。
起立性低血圧とは、起立時に血圧が低下し、めまい、ふらつき、失神などを生じる状態を指します。透析患者では、循環血液量変動や自律神経障害などの影響により、起立性低血圧が起こりやすいことが知られています。
さらに近年では、透析患者における起立性低血圧が、単なる血圧変動の問題ではなく、「筋力低下」や「身体機能低下」と深く関連していることが注目されています。
透析患者では、
・フレイル
・サルコペニア
・活動量低下
・転倒リスク増加
などが問題となりやすく、起立性低血圧はその悪循環の一因となる可能性があります。
そのため現在では、「透析後の血圧低下をどう防ぐか」だけではなく、“患者が安全に立ち、歩き、活動できる状態をどう維持するか”という視点が重要になっています。
透析患者では、複数の要因が重なって起立性低血圧が生じます。
透析では、体液量調整のため除水が行われます。
しかし除水量が大きい場合や、血管内再充填速度が追いつかない場合には、循環血液量低下によって血圧低下が起こりやすくなります。
特に透析後は、
・倦怠感
・ふらつき
・立位不安定性
などが出現しやすく、転倒リスク増加にもつながります。
糖尿病性腎症を背景とする透析患者では、自律神経障害を合併しているケースも少なくありません。
通常、起立時には血圧維持のため交感神経が働きますが、自律神経障害があると十分な血管収縮が起こらず、血圧低下が生じやすくなります。
透析患者では、慢性的な活動量低下によって筋力低下が進行しやすくなります。
特に下肢筋力低下は、静脈還流低下にも関与すると考えられています。
本来、下肢筋収縮は「筋ポンプ作用」として血液を心臓へ戻す役割を担っています。しかし筋力低下が進行すると、この作用が十分に働かず、起立時の循環維持が難しくなる可能性があります。
つまり、透析患者における起立性低血圧は、“循環器の問題だけ”ではなく、“身体機能低下”とも関係しているのです。
透析患者では、起立性低血圧と筋力低下が相互に影響し合う悪循環が形成されることがあります。
「ふらつくから動かない」
起立性低血圧によって立位や歩行時の不安が強くなると、患者は活動を避けるようになります。
例えば、
・透析後はすぐ横になる
・外出を避ける
・長距離歩行を控える
・立位時間を減らす
などの行動変化が起こります。
しかし活動量低下が続くと、さらに筋力低下や持久力低下が進行します。
特に下肢筋力低下は、筋ポンプ作用低下を通じて起立時循環調整を悪化させる可能性があります。
その結果、
「起立性低血圧 → 動かない → 筋力低下 → さらに起立性低血圧が悪化」
という悪循環につながることがあります。
透析患者では、このサイクルが転倒やADL低下、フレイル進行につながる点が重要です。
近年では、透析患者に対する運動療法が身体機能改善やQOL向上に有効であることが報告されています(※1)。
透析患者の運動療法では、特に下肢筋力維持が重要です。
例えば、
・椅子立ち上がり練習
・スクワット
・下肢レジスタンストレーニング
・歩行練習
などは、移動能力維持だけでなく、循環維持にも関連する可能性があります。
また、透析中運動も活動量向上の有効な選択肢となります。
透析患者では、「透析日=動けない日」になりやすいため、透析中に軽運動を取り入れることは活動量維持につながります。
重要なのは、すべての患者に高負荷運動を行うことではありません。
透析患者では、
・疲労感
・血圧変動
・合併症
・フレイル
など個人差が大きいため、“安全に継続できる運動”が重要になります。
例えば、
・足関節運動
・短時間歩行
・ベッド上運動
・座位時間延長
など、小さな活動を積み重ねることも有効です。
透析患者の起立性低血圧対策では、多職種連携が欠かせません。
医師には、
・除水量調整
・降圧薬調整
・循環動態評価
・自律神経障害評価
などが求められます。
特に「透析後だけ血圧が低い」のか、「日常的に起立性低血圧がある」のかを把握することは重要です。
看護師は透析前後の状態変化を最も観察しやすい立場にあります。
・立ち上がり時のふらつき
・表情変化
・歩行不安定性
・転倒リスク
などの早期発見につながります。
また、「透析後は急に立ち上がらない」など、患者教育も重要です。
理学療法士などのリハビリ専門職は、
・下肢筋力評価
・バランス評価
・歩行能力評価
・運動処方
などを行います。
また、「安全に活動量を増やす方法」を具体的に提案できる点も大きな役割です。
これまで透析医療では、「透析を安全に行うこと」が最優先でした。
もちろんその重要性は変わりません。
しかし今後は、“透析患者が安全に活動し続けられること”も重要なテーマになると考えられます。
起立性低血圧は単なる血圧低下ではなく、
・筋力低下
・活動量低下
・転倒
・フレイル
・QOL低下
などにつながる可能性があります。
だからこそ、
・動けなくなってから対応する
・転倒してから介入する
のではなく、“活動を維持する支援”が重要です。
透析患者における起立性低血圧対策では、循環管理だけでなく、「筋力低下を防ぐ」「動かない時間を減らす」という視点も欠かせません。
今後の透析医療では、“命を守る透析”だけでなく、“生活を守る透析”がさらに求められていくでしょう。
(※1)Exercise training in adults with CKD: a systematic review and meta-analysis, Susanne Heiwe , Stefan H Jacobson
American Journal of Kidney Diseases. 2014 Sep;64(3):383-93.
https://doi.org/10.1053/j.ajkd.2014.03.020
(※2)Hemodynamic response to lower body negative pressure in hemodialysis patients, Robert W Nette, et al.
American Journal of Kidney Diseases. 2003 Apr;41(4):807-13.
https://doi.org/10.1016/s0272-6386(03)00028-3
掲載日:2026/6/23

