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歩行が速いのに不安定な患者をどう評価するか?
歩行の「速さ」だけでは見えないリスクとは

はじめに

歩行速度は、臨床現場で広く活用されている歩行評価指標の一つです。歩行速度は身体機能や生活機能を反映することから、「第6のバイタルサイン」とも呼ばれています。
しかし、歩行速度が速い患者を評価する際に、「歩行能力は良好である」と判断してしまうことはないでしょうか。
実際の臨床では、「歩行は速いがふらつきがある」「移動能力は高そうに見えるが転倒歴がある」「歩行速度は保たれているのに不安定に感じる」といった患者に遭遇することがあります。
このような患者では、歩行速度のみでは捉えられない問題が隠れている可能性があります。
本記事では、歩行が速いにもかかわらず不安定性を示す患者の特徴や、医療従事者が実施すべき歩行評価のポイントについて解説します。

歩行速度だけでは歩行能力を評価できない

歩行速度は簡便で再現性が高く、多くの研究で身体機能や生命予後との関連が報告されています。
一方で、歩行は単純な移動動作ではありません。
歩行を成立させるためには、
• 下肢筋力
• バランス能力
• 感覚機能
• 神経筋協調性
• 注意機能
• 認知機能
など、多くの機能が関与しています。

そのため、歩行速度が良好であっても、これらの要素のいずれかに問題があれば歩行の安定性は低下する可能性があります。
特に高齢者では、歩行速度だけでは転倒リスクを十分に評価できないことが指摘されています。
歩行評価では「どれだけ速く歩けるか」だけではなく、「どれだけ安定して歩けるか」という視点を持つことが重要です。

歩行が速いのに不安定になる理由

歩行変動性が増加している

近年、歩行分析の分野で注目されている概念の一つが「歩行変動性(Gait Variability)」です。
歩行変動性とは、歩幅や歩行周期、立脚時間などのばらつきを示します。
健常な歩行では、各歩行周期は比較的一定に保たれています。しかし、身体機能や神経制御機能が低下すると、一歩ごとの歩行パターンにばらつきが生じます。

ある研究では、歩行変動性の増加が高齢者の転倒リスクと関連することが報告されています(※1)。
つまり、歩行速度が速くても、
• 歩幅が一定でない
• 足の接地位置がばらつく
• 左右差が大きい
といった特徴がみられる場合には、転倒リスクが高まっている可能性があります。
歩行評価では歩行速度だけでなく、歩行の規則性や再現性にも注目する必要があります。

歩行速度によって不安定性を補っている

患者によっては、不安定性を歩行速度によって補償している場合があります。
例えばバランス能力が低下すると、ゆっくり歩くことで片脚支持時間が長くなり、不安定感が増します。その結果、無意識のうちに歩行速度を高めることで安定性を確保しようとすることがあります。
一見すると活動性が高く見える歩行ですが、実際には代償動作によって成立している可能性があります。

このような患者では、
• 急停止
• 急な方向転換
• 障害物回避
といった場面でバランスを崩しやすくなります。
そのため、通常歩行だけでなく応用的な歩行課題も評価することが重要です。

認知機能の影響

歩行は自動化された運動として認識されることが多いですが、実際には認知機能とも深く関係しています。
特に高齢者では、
• 注意機能
• 遂行機能
• 判断能力
などが歩行の安定性に影響します。

ある研究では、歩行機能と認知機能には密接な関連があり、歩行中に認知課題を加えた際の歩容変化が転倒リスクの予測に有用であることが報告されています(※2)。
認知機能が低下すると、自身の身体能力を適切に把握できなくなり、必要以上に速く歩いてしまう場合があります。
結果として、歩行速度は保たれていても安全性が低下していることがあります。

臨床で実施したい歩行評価のポイント

歩行速度以外の指標を確認する

歩行評価では歩行速度だけでなく、
• 歩幅
• 歩隔
• 左右対称性
• 上肢の振り
• 重心動揺
なども観察しましょう。
特に歩幅や歩隔のばらつきが大きい場合は、歩行変動性の増加が疑われます。
また、体幹の過剰な側方動揺や骨盤の不安定性も重要な観察ポイントです。

方向転換能力を評価する

直線歩行では問題が目立たなくても、方向転換時に不安定性が顕在化することがあります。
実際の生活環境では、
• 廊下での方向転換
• 家具の回避
• 狭い場所での移動
などが頻繁に発生します。
そのため、
• Timed Up and Go Test(TUG)
• 8の字歩行
• 障害物回避課題
などを活用することで、より実生活に近い歩行能力を評価できます。

デュアルタスク歩行を実施する

歩行中に認知課題を追加するデュアルタスク評価も有用です。
例えば、
• 会話をしながら歩く
• 計算をしながら歩く
• 動物名を挙げながら歩く
などの課題が利用されます。
通常歩行では問題がなくても、デュアルタスク環境下でふらつきが増加する患者は少なくありません。
このような変化は認知機能低下や転倒リスク上昇を示唆する可能性があります。

歩行分析の重要性

近年ではウェアラブルセンサーやモーションキャプチャなどの技術進歩により、歩行の質を客観的に評価できるようになっています。
歩行分析によって、
• 歩行変動性
• 歩行周期
• 左右差
• 重心動揺
などを定量化できます。
歩行速度だけでは把握できない異常を発見できるため、転倒リスク評価やリハビリテーション効果判定にも有用です。
また、歩行分析は患者の身体機能低下を早期に発見する手段としても期待されています。

まとめ

歩行速度は重要な歩行評価指標ですが、それだけで患者の歩行能力や転倒リスクを判断することはできません。
歩行が速いにもかかわらず不安定な患者では、歩行変動性の増加やバランス能力低下、認知機能低下などが潜在している可能性があります。
そのため医療従事者には、歩行速度だけでなく歩容や方向転換能力、デュアルタスク歩行などを含めた総合的な評価が求められます。
歩行の「速さ」と「安定性」は必ずしも一致しません。患者の真の歩行能力を把握するためには、歩行の質に着目した評価を行うことが重要です。

参考文献

※1)
Gait variability: methods, modeling and meaning, Hausdorff JM.
Journal of NeuroEngineering and Rehabilitation.2005;2:19.
https://doi.org/10.1186/1743-0003-2-19

※2)
Gait and cognition: a complementary approach to understanding brain function and the risk of falling.
Manuel Montero-Odasso, et al.
Journal of the American Geriatrics Society.2012;60(11):2127-2136.
https://doi.org/10.1111/j.1532-5415.2012.04209.x

掲載日:2026/7/16

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