回復期リハビリテーション病棟(以下、回復期リハビリ)では、患者の身体機能やADLの改善に伴い活動範囲が広がる一方で、転倒リスクが高まることが知られています。
実際、急性期を脱した患者は「動けるようになった」という成功体験を得る一方で、身体機能や認知機能(注意機能含む)が十分に回復していないケースも少なくありません。その結果、「できると思ったができなかった」という能力と認識のギャップが転倒につながります。
転倒は骨折や頭部外傷だけでなく、リハビリ意欲の低下や在院日数の延長、在宅復帰の遅延を招く可能性があります。回復期における転倒予防は単なる事故防止ではなく、リハビリの成果を最大化するための重要な取り組みといえます。
本稿では、回復期リハビリにおける転倒の特徴を整理しながら、エビデンスに基づく転倒予防と環境整備について紹介します。
回復期リハビリテーション病棟は、患者の活動量が増加する時期です。歩行練習や移乗訓練、トイレ動作の自立支援など、日常生活に直結するリハビリが積極的に行われます。
しかし、その過程では以下のような要因が重なります。
• 下肢筋力やバランス能力の低下
• 高次脳機能障害や認知機能低下
• 半側空間無視や注意障害
• 排泄動作時の焦り
• 疲労による判断力低下
• 環境変化への適応不足
特に回復期では、「介助が必要だが本人は自立可能と考えている状態」が少なくありません。
国内の回復期リハビリテーション病棟における調査では、転倒患者は認知機能低下やADL介助を要する割合が高く、病室内や移動時に転倒が多いことが報告されています(※1)。
また近年の報告では、入棟後早期の転倒が多く発生しており、新しい環境への適応段階で十分なリスク評価と情報共有が必要であるとされています。
転倒予防というと、「歩かせない」「一人で行動させない」といった制限を想像することがあります。
しかし、回復期リハビリにおいて過度な活動制限は望ましい方法ではありません。
なぜなら、活動量の低下は筋力低下や廃用症候群を招き、本来目指すべき身体機能改善や在宅復帰を妨げる可能性があるためです。
重要なのは「転ばないように動かさない」ことではなく、「安全に動ける環境を整えながら活動機会を確保する」ことです。
回復期リハビリの目的は生活再建であり、患者が主体的に行動できる環境づくりが求められます。
転倒予防において、運動療法は最も重要な介入のひとつです。
Sherringtonらによる大規模メタアナリシスでは、高齢者を対象とした運動介入により転倒発生率が21%減少したことが報告されています(※2)。
特に効果が高かったのは、
• バランス練習
• 下肢筋力強化
• 動的姿勢制御訓練
• 複合的運動プログラム
でした。
回復期リハビリにおいても、
• 起立・着座訓練
• 荷重移動訓練
• 歩行練習
• デュアルタスク訓練
• 障害物回避訓練
などを段階的に実施することが、転倒リスク低減につながります。
また、患者自身が「どの場面で転びやすいのか」を理解することも重要です。身体機能改善と教育的介入を組み合わせることで、より高い予防効果が期待できます。
転倒の原因を患者要因だけに求めることは適切ではありません。
実際には環境要因が大きく関与しています。
回復期病棟で検討すべき環境整備としては以下があります。
ベッド周囲の整理整頓
病室内は転倒発生率が高い場所です。
患者が頻繁に使用する物品は手の届く範囲に配置し、電源コードや荷物などの障害物を排除します。
適切な照明の確保
夜間のトイレ移動時は転倒が増加します。
足元灯やセンサーライトの活用は有効な手段です。
トイレ環境の最適化
回復期患者の転倒は排泄関連動作時に発生しやすいことが知られています。
手すり配置の見直しや移乗動線の確保は必須です。
履物の確認
スリッパよりもかかとを固定できるシューズが推奨されます。
履物は見落とされがちですが、転倒リスクに直結する重要な要素です。
福祉機器の活用
歩行器、杖、車椅子の設定が患者能力と一致しているか定期的な確認が必要です。
機器の不適切な使用は転倒要因となるため、リハビリスタッフによる評価が欠かせません。
回復期リハビリにおける転倒予防は、療法士だけで完結するものではありません。
医師、看護師、介護職、薬剤師、管理栄養士など、多職種による情報共有が重要です。
例えば、
• リハビリ場面では安定して歩行できる
• 病室では無断離床がみられる
• 夜間にせん妄傾向がある
• 降圧薬変更後にふらつきが増えた
といった情報は、多職種で共有して初めて有効な対策につながります。
Morrisらのシステマティックレビューでは、スタッフ教育と患者教育を含む包括的な転倒予防介入が病院内転倒の減少に寄与すると報告されています(※3)。
つまり、個々の職種の努力だけではなく、病棟全体で転倒予防文化を醸成することが求められます。
わが国では高齢化の進展に伴い、回復期リハビリを利用する高齢患者は今後さらに増加すると考えられます。
厚生労働省が示す地域包括ケアシステムにおいても、在宅復帰支援は重要な役割を担っています。その中で転倒予防は単なる安全管理ではなく、
• 機能回復の促進
• ADL向上
• 在宅生活の継続
• QOL向上
を支える基盤となります。
患者の能力を最大限引き出しながら、患者が安全に活動範囲を広げられるように支援することこそが回復期リハビリの本質といえるでしょう。
回復期リハビリにおける転倒予防は、「転ばせないこと」だけが目的ではありません。
運動療法を通じて身体機能を向上させること、環境整備によって安全な活動を支援すること、多職種が情報を共有して継続的にリスクマネジメントを行うことが重要です。
これからの回復期医療では、患者の活動性を維持しながら転倒リスクを低減するバランスの取れたアプローチが求められます。転倒予防とリハビリの質向上は対立するものではなく、むしろ両立してこそ真の回復支援につながるのです。
(※1)当院回復期リハビリテーション病棟における転倒・転落の現状, 藤崎 圭哉 ほか
理学療法-臨床・研究・教育. 2009;16(1):30-34.
https://doi.org/10.11350/ptcse.16.30
(※2)Exercise to prevent falls in older adults: an updated systematic review and meta-analysis, Catherine Sherrington, et al.
British Journal of Sports Medicine. 2017;51(24):1750-1758.
https://doi.org/10.1136/bjsports-2016-096547
(※3)Interventions to reduce falls in hospitals: a systematic review and meta-analysis
Meg E Morris, et al.
Age and Ageing. 2022;51(5):afac077.
https://doi.org/10.1093/ageing/afac077
掲載日:2026/8/5

