高齢化が進む現代社会において、「サルコペニア」という言葉は医療従事者にとって欠かせないキーワードとなっています。サルコペニアとは、加齢や疾患により筋肉量や筋力が低下し、日常生活に支障をきたす状態を指します。進行すると転倒や骨折、要介護状態を招く可能性が高く、早期の介入と継続的な予防が重要です。
本コラムでは、サルコペニアの定義や診断基準、原因、そして治療や予防に有効なリハビリや栄養療法について、エビデンスを踏まえて解説します。
サルコペニアは、欧州老年医学会(EWGSOP)によって定義され、筋肉量の減少に加え、筋力や身体機能の低下を伴うことが特徴です。アジアでも「Asian Working Group for Sarcopenia(AWGS)」が診断基準を提唱しており、アジア人に合わせた基準が普及しています。
1. 筋肉量の減少
2. 筋力の低下(握力など)
3. 身体機能の低下(歩行速度など)
これらの評価を組み合わせることで、サルコペニアの診断が行われます。
サルコペニアの原因は多岐にわたりますが、代表的なものは以下の通りです。
・ 加齢:筋線維数の減少やホルモン分泌低下による筋萎縮
・ 低栄養:タンパク質やビタミンD不足が筋合成を阻害
・ 運動不足:活動量低下による筋力低下
・ 慢性疾患:心不全、慢性腎臓病、COPDなどがサルコペニアを進行させる
・ 炎症や酸化ストレス:全身性の炎症反応が筋分解を亢進
これらの要因が重なり合い、進行性に筋力・筋肉量が低下していきます。
サルコペニアは単一の治療で完結するものではなく、運動療法(リハビリ)と栄養療法の組み合わせが基本です。
リハビリはサルコペニア治療の中心であり、特にレジスタンス運動(筋力トレーニング)が有効です。
・ レジスタンス運動:下肢のスクワット、レッグプレス、チューブを用いた上肢トレーニングなど。週2~3回の実施が推奨されています。
・ 有酸素運動:ウォーキングや自転車エルゴメーターは持久力改善に有効です。
・ バランストレーニング:転倒予防の観点からも重要です。
実際にmeta-analysisにおいて、筋力トレーニングは高齢者の筋肉量と筋力を有意に改善することが報告されています(Yoshimura et al., 2017)。
リハビリの効果を最大化するには栄養管理が不可欠です。
・ タンパク質:1.0~1.2 g/kg/日以上を推奨。リハビリ直後の摂取が筋合成に有効。
・ ビタミンD:骨格筋機能をサポートし、転倒予防にも寄与。
・ ロイシン・HMB:筋タンパク合成を促進する補助因子。
栄養療法単独よりも、運動との併用で相乗効果が得られることが複数の研究で示されています(Beaudart et al., 2019)。
サルコペニアは発症後の治療も重要ですが、予防の観点がより大切です。
・ 日常生活での活動量を確保:エレベーターより階段を利用する、買い物で歩く距離を増やすなど。
・ 適度な運動習慣:筋力維持を目的とした自宅でのスクワットや散歩。
・ 栄養バランスの取れた食事:肉、魚、大豆製品などタンパク源を意識して摂取。
・ 入院患者では、早期離床とリハビリの導入が有効。
・ 慢性疾患患者では、栄養指導と合わせて筋力測定や歩行速度評価を行う。
在宅や施設でのリハビリ、地域運動教室などを通じて、予防的アプローチを普及させることが求められています。
近年では、バイオマーカーによる早期診断や新しい薬剤開発も進んでいます。
しかし、現時点で最も確立されたエビデンスは、運動と栄養を組み合わせた介入です。
医療従事者は、患者のライフスタイルや疾患背景に応じて、リハビリと栄養指導を組み合わせた包括的なケアを提供することが求められます。
サルコペニアは、高齢者のQOL低下や要介護状態の大きなリスク因子です。
しかし、適切なリハビリ(運動療法)と栄養療法の組み合わせによって進行を抑制し、予防することが可能です。
医療従事者として、エビデンスに基づいた介入を行うことで、患者の健康寿命延伸に貢献できるでしょう。
1. Yoshimura, Y., Wakabayashi, H., Yamada, M., Kim, H., Harada, A., & Arai, H. (2017). Interventions for treating sarcopenia: A systematic review and meta-analysis of randomized controlled studies. Journal of the American Medical Directors Association, 18(6), 553.e1–553.e16.
https://doi.org/10.1016/j.jamda.2017.03.019
2. Beaudart, C., Dawson, A., Shaw, S. C., Harvey, N. C., Kanis, J. A., Binkley, N., … & Reginster, J. Y. (2019). Nutrition and physical activity in the prevention and treatment of sarcopenia: Systematic review. Osteoporosis International, 30(4), 545–567.
https://doi.org/10.1007/s00198-017-3980-9
更新日:2025/11/27

