透析患者における血圧管理は、日常診療の中でも最も重要かつ難しい課題の一つです。血液透析を受けている患者の多くは高血圧を合併しており、その頻度は70～80％に達すると報告されています。高血圧は心血管系イベントや死亡リスクを増加させる一方で、透析中の低血圧（透析低血圧）は臓器虚血や転倒リスクを高めることが知られています。そのため、「透析」と「血圧」の関係を正しく理解し、適切に管理することは患者の生命予後とQOLを大きく左右します。
本コラムでは、透析患者における血圧の特徴、測定方法の意義、透析中の血圧変動とリスク、さらに最新のエビデンスに基づいた血圧管理戦略について解説します。
透析患者の血圧は、一般の高血圧患者とは異なる特徴を持ちます。まず第一に、体液量の影響を強く受ける点です。透析では余剰な水分を除去することによって血圧が低下しますが、除去が不十分であれば高血圧が持続します。逆に過度の除水は低血圧を引き起こし、虚血性合併症のリスクとなります。
さらに注目すべきは「U字型の血圧–死亡率曲線」です。透析患者では、血圧が高すぎても低すぎても死亡リスクが上昇することが報告されており、一般的な高血圧治療目標をそのまま適用することは困難です。
透析室で行われる血圧測定は主に「透析前」と「透析後」の値に基づいて評価されます。しかしこれだけでは日常生活における真の血圧状態を反映しません。
・透析前血圧：体液が蓄積した状態を反映しやすい
・透析後血圧：除水の影響を強く受ける
・透析中血圧：循環動態の変化を捉えるが、その値のばらつきは大きい
近年の研究では、透析外での血圧評価、特に家庭血圧やABPM（携帯型血圧計による24時間血圧測定）の有用性が強調されています。透析室での血圧値よりも、家庭血圧やABPMで得られた値の方が心血管イベントや死亡率との関連性が強いことが示されています。
透析中に血圧が低下する「透析低血圧（intradialytic hypotension）」は、患者の20～30％に認められます。症状としてはめまい、吐き気、筋けいれん、失神などがあり、重度の場合には心筋梗塞や脳梗塞の引き金となることもあります。
一方で、透析中の血圧上昇（intradialytic hypertension）も問題となります。体液過剰、交感神経活性亢進、血管収縮因子の変動などが関与し、長期的な心血管リスクを高めるとされています。
日本からの報告では、透析中の血圧変動が大きい患者ほど生命予後が不良であることが示されており、血圧の「安定性」も管理の指標として注目されています。
透析患者における血圧管理は「体液管理」と「薬物治療」の二本柱で構成されます。
透析患者の高血圧は多くの場合、体液貯留が主因です。そのためドライウェイトの適正化が最も基本的かつ重要な戦略です。体液管理を徹底することで降圧薬を減量または中止できる症例も少なくありません。
ただし急激な除水は低血圧を誘発するため、緩徐かつ計画的な除水が必要です。近年は透析時間の延長やナトリウム管理の工夫も有効とされています。
体液管理のみでは血圧がコントロールできない場合、薬物療法が導入されます。降圧薬の選択にはいくつかのポイントがあります。
・β遮断薬：交感神経亢進を抑制し、心血管保護効果も期待される
・Ca拮抗薬：透析患者でよく用いられ、降圧効果が安定
・ACE阻害薬/ARB：蛋白尿抑制や心血管保護の観点から有用だが、高K血症には注意が必要
特にβ遮断薬の有用性については複数の報告があり、死亡率低下に関連する可能性が示されています。
1. 透析前・後・中の血圧をすべて記録し、変動パターンを把握する
2. 家庭血圧やABPMを活用し、生活全体の血圧像を捉える
3. ドライウェイトの適正化を最優先にし、非薬物療法を徹底する
4. 降圧薬は作用機序の異なる薬剤を組み合わせることで副作用を最小化する
5. 血圧の「数値」だけでなく、安定性や自覚症状も管理の目安にする
透析患者における血圧管理は、高血圧と低血圧の双方がリスクとなる点で一般の高血圧とは異なる難しさを持ちます。正しい血圧評価には透析前後の値だけでなく、家庭血圧やABPMの活用が不可欠です。また、体液管理を基盤とした血圧コントロールと、個別化された薬物療法の併用が必要です。
医療従事者は、透析患者の血圧管理において「数値の改善」だけでなく「生命予後とQOLの維持」に直結することを念頭に置き、長期的かつ包括的な戦略を立てることが求められます。
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