医療現場では日々、多くの患者に対応し、迅速かつ正確な判断が求められます。その中で発生する「ヒヤリハット事例」は、実際の事故やインシデントには至らなかったものの、潜在的に医療ミスへとつながりかねない重要なサインです。医療従事者にとって、これらのヒヤリハット事例を適切に分析し、再発を防止することは、患者安全と自己の健康管理の両面で欠かせません。特に近年の研究では、医療従事者が抱えるストレスが、ヒヤリハットや医療ミスの発生と深く関わっていることが示されています。
本コラムでは、ヒヤリハット事例の背景にあるストレス要因を整理し、その軽減がどのようにミス防止につながるのかをエビデンスに基づいて考察します。また、日常業務において実践できるストレスマネジメントの方法を紹介し、医療従事者自身の健康維持にもつなげていただける内容をお届けします。
「ヒヤリハット」とは、医療行為の過程で「ヒヤリとした」「ハッとした」と感じる出来事を指し、重大な事故には至らなかったが、起こり方次第では医療ミスにつながる可能性があった事例のことです。厚生労働省もインシデント・アクシデント報告制度において、ヒヤリハット事例の収集を重要視しています。
ヒヤリハット事例を収集・共有することで、現場全体でリスクの傾向を把握でき、再発防止のための教育や環境改善が可能となります。重要なのは、「失敗」として個人を責めるのではなく、「システムの改善点を探す機会」として前向きに扱うことです。
医療従事者は慢性的なストレス環境にさらされています。夜勤や交代制勤務、長時間労働、患者や家族とのコミュニケーションの難しさ、医療訴訟リスクへの不安など、多様な要因が重なります。
研究によれば、ストレスが高い状態では注意力や記憶力が低下し、エラーのリスクが増加することが報告されています。例えば、投薬のダブルチェックを怠る、患者識別を誤るといった「単純ミス」が、ストレス過多の状況で顕著に増えるのです。
さらに、心理的ストレスだけでなく、身体的疲労や睡眠不足もヒヤリハットの増加に関連します。日本看護協会の調査でも、夜勤を繰り返す看護師ほどインシデント報告件数が多い傾向が示されており、業務環境と心身の負担がヒヤリハットの背景にあることが明らかになっています。
ヒヤリハット事例を減らし、医療ミス防止を実現するためには、医療従事者自身のストレス管理が不可欠です。以下にエビデンスに基づいた方法を紹介します。
十分な睡眠は認知機能の維持に直結します。研究では、睡眠時間が6時間未満の医療従事者は、十分な睡眠を取っている人に比べて医療エラー発生率が約2倍になると報告されています。夜勤やシフト勤務後は意識的に休養時間を確保することが重要です。
マインドフルネス瞑想や呼吸法は、ストレス軽減と集中力向上に有効です。医療従事者を対象にした介入研究では、マインドフルネスプログラムを実施したグループでバーンアウトや不安の指標が有意に改善したと報告されています。
ヒヤリハットを共有できる職場文化は、ミス防止に直結します。個人を責めず、チーム全体で情報を活用する仕組みを整えることがストレス軽減にもつながります。特に医療従事者は「報告したら責められるのではないか」という不安を抱えがちですが、心理的安全性の高い職場づくりが重要です。
運動はストレス解消だけでなく、睡眠の質改善や免疫機能維持にも効果があります。週150分程度の中等度有酸素運動が推奨されており、ストレス軽減に有効であることが複数の研究で示されています。医療従事者自身が運動習慣を持つことは、健康維持と医療ミス防止の双方に寄与します。
ストレスマネジメントと並行して、ヒヤリハット事例を職場全体で活用することも欠かせません。
・事例の共有と教育:定期的なカンファレンスでヒヤリハット事例を共有し、同じ場面での注意点を確認する。
・システム改善:チェックリスト導入やダブルチェック体制の強化など、環境要因を整える。
・心理的安全性の確保:報告者が責められず、改善のための貴重な情報として扱う風土を育む。
これらの取り組みは、医療従事者の安心感を高め、ストレス軽減とミス防止の双方に寄与します。
ヒヤリハット事例は、医療現場でのリスクを早期に察知できる重要なサインです。そしてその背景には、医療従事者のストレスが深く関与しています。
睡眠、マインドフルネス、運動、チームコミュニケーションといったストレスマネジメントの実践は、ミス防止だけでなく、医療従事者自身の心身の健康維持にも直結します。
医療従事者が自らの健康を守りながら、安全で質の高いケアを提供するために、ヒヤリハットの分析とストレス対策を両輪として進めていくことが今後ますます重要になるでしょう。
更新日:2025/11/29

