集中治療室(ICU)に長期入室した患者では、しばしば全身の筋力低下や運動機能障害が生じます。この状態は「ICU-AW(ICU acquired weakness)」と呼ばれ、医療従事者にとって大きな課題となっています。ICU-AWは、単なるベッド上安静による筋力低下だけでなく、全身性炎症反応や神経障害、筋萎縮など複合的な要因によって生じることが知られています。その結果、退院後のADL低下や社会復帰の遅延を引き起こし、患者の長期予後にも影響します。
本コラムでは、ICU-AWの定義や原因、予防法について最新のエビデンスを踏まえながら解説し、とくに「リハビリ」の重要性について掘り下げます。
ICU-AWは「集中治療室後の後天性筋力低下」を意味し、典型的には人工呼吸器管理を受ける重症患者に発生します。臨床的には以下の特徴を持ちます。
・対称性の筋力低下:特に四肢近位筋の筋力が低下します。
・感覚障害を伴わない:末梢神経障害や多発ニューロパチーも関与しますが、感覚障害は軽度です。
・電気生理学的異常:筋電図により神経障害や筋障害の存在が確認されます。
診断は、Medical Research Council(MRC)スコアで合計48点未満の場合に「筋力低下あり」と判定されます。
ICU-AWは多因子性であり、以下の要因が関与します。
1. 長期の安静臥床
ICUでは臓器サポートを優先するため臥床時間が長くなり、筋萎縮が急速に進行します。安静臥床による筋量低下は1日あたり約1~1.5%と報告されています。
2. 全身性炎症反応(SIRS、敗血症など)
炎症性サイトカインの上昇により、筋タンパク分解が促進され、筋萎縮や神経障害が進行します。
3. 薬剤の影響
ステロイドや筋弛緩薬の長期使用は、筋線維障害や神経障害を悪化させることが報告されています。
4. 高血糖
ICU患者に多い持続的な高血糖状態は、末梢神経障害や筋代謝障害を引き起こし、ICU-AWのリスクを増大させます。
ICU-AWは単なる一時的な筋力低下にとどまりません。以下のような長期的な影響があります。
・人工呼吸器からの離脱遅延:呼吸筋の筋力低下により、人工呼吸器からの離脱が困難になります。
・ICU滞在期間・入院期間の延長:筋力低下により離床やADL回復が遅れ、入院が長期化します。
・死亡率の上昇:ICU-AWを発症した患者は、非発症患者に比べて長期死亡率が有意に高いと報告されています。
・社会復帰の遅延:退院後も筋力低下や活動制限が残存し、就労や生活の質(QOL)に影響します。
ICU-AWを予防するためには、早期からの「リハビリ」が重要です。近年、ICUにおける早期離床・早期リハビリテーションの有効性を示すエビデンスが多数報告されています。
1. 早期離床の効果
Morrisら(2008)は、人工呼吸器装着患者に対して理学療法士が早期から積極的にリハビリ介入を行った結果、ICU滞在期間や入院期間が有意に短縮したと報告しています(*1)。
2. 運動療法の有効性
運動療法は筋萎縮の進行を抑えるだけでなく、呼吸機能や循環機能の改善にも寄与します。とくにベッド上での関節可動域訓練や下肢エルゴメーターによる低強度運動が有効です。
3. 多職種連携
ICUリハビリは医師・看護師・理学療法士・作業療法士・臨床工学技士が連携して行う必要があります。患者の循環動態や呼吸状態を評価しながら、安全に進めることが求められます。
4. 栄養管理の重要性
筋力回復には十分なエネルギーとタンパク質の補給が不可欠です。リハビリと並行して栄養療法を行うことが、ICU-AWの予防に有効とされています。
・ICU入室早期から関節可動域訓練を導入する。
・循環動態が安定していれば、離床や座位練習を積極的に開始する。
・人工呼吸器装着中でもベッドサイドエルゴメーターや呼吸筋訓練を取り入れる。
・過度な疲労や循環動態の悪化を避け、漸増的に運動負荷を高める。
ICU-AWは重症患者に高頻度で発症し、患者の予後に深刻な影響を及ぼす合併症です。原因は安静臥床や炎症、薬剤、高血糖など多因子であり、早期からの「リハビリ」と包括的な管理が予防に有効です。近年の研究では、ICUでの早期離床と運動療法がICU-AWの発症抑制や予後改善に寄与することが明らかになっており、多職種によるチーム医療の重要性が強調されています。
医療従事者は、ICU-AWの発症を防ぐための予防的介入を理解し、臨床現場で積極的に実践していくことが求められます。
1. Morris PE, Goad A, Thompson C, et al. Early intensive care unit mobility therapy in the treatment of acute respiratory failure. Crit Care Med. 2008 Aug;36(8):2238-43.
https://doi.org/10.1097/CCM.0b013e318180b90e
2. Latronico N, Bolton CF. Critical illness polyneuropathy and myopathy: a major cause of muscle weakness and paralysis. Lancet Neurol. 2011;10(10): 931-941.
https://doi.org/10.1016/S1474-4422(11)70178-8

