重篤な疾患や術後管理、人工呼吸器装着下など、患者が深めの鎮静を必要とする場面では、「運動療法」をどのように実施できるかが大きな課題となっています。長期臥床や運動制限は、「廃用症候群」や「ICU acquired weakness(ICUAW)」などの合併症リスクを高め、退院後の身体機能低下や生活の質低下に直結します。近年、鎮静中・鎮静明瞭化(sedation light)管理・早期モビリゼーションの流れの中で、運動療法を安全かつ効果的に介入するための実践知が蓄積されてきています(※1)(※2)。本稿では、医療従事者を対象に、「鎮静管理下でも可能な運動療法とその工夫」を3つの視点(①概念とエビデンス、②実施手法・段階、③現場実践のポイント)で整理します。
まず、鎮静管理下の患者に運動療法を行う背景と、最新のエビデンスを整理します。
ICU等で長期にわたり深めの鎮静が必要となる患者では、臥床時間の延長・筋力消失・関節可動域制限・心肺機能低下・神経筋合併症(ICUAW等)などが起こり得ます。これらは、患者が「動けない」ことを契機として生じるため、可能な限り早期から「動かす」介入=運動療法が有効となります。
実証研究によれば、ICU入室中の運動療法(モビリゼーション・機能訓練)は、病棟退室時の身体機能改善、ICU滞在期間・入院期間の短縮に寄与することが報告されています(※3)。「鎮静最適化+早期モビリゼーション」の組み合わせが、安全かつ効果的であるとの報告もあります(※1)。
このように、鎮静管理と運動療法導入は相反するものではなく、むしろ鎮静レベルの調整や介入タイミングの工夫により、運動療法介入の可能性が広がっています。
系統的レビュー・メタ解析によれば、ICU内で運動療法を実施した群は、身体機能(例:歩行能力・站立・ADL)改善およびICU・入院期間短縮において有意な改善を示しています(※3)。また、人工呼吸器装着中・鎮静管理中のモビリゼーション開始が、筋力低下や長期機能障害を軽減する可能性が示唆されています(※2)。
例えば、患者が鎮静状態でも「ベッド上サイクリング」「筋電気刺激(NMES)」「端座位/立位支援」などによる運動介入が実施可能であるとする報告があります(※1)。こうしたエビデンスを受けて、運動療法は鎮静管理下でも“待ってはいけない介入”として位置づけられつつあります。
ここでは、実践的に運動療法を導入する際の段階や手法を整理します。患者状態・鎮静レベル・合併症リスクを踏まえ、段階的なアプローチが重要です。
典型的には以下のような段階を踏む運動療法プログラムが推奨されます:
・第1段階:受動的・準受動的運動・姿勢変換(ベッド上)
深鎮静または起き上がれない患者では、関節可動域訓練・筋電気刺激(NMES)・ベッド端起き上がり・立位支援装置などを用います。
・第2段階:座位・端座位・立位支援運動
鎮静軽減・覚醒レベル改善後、ベッド端座位・セミリクライニング座位・スタンド支援運動・ベッドサイドサイクリング(座位ペダル)などを介入します。
・第3段階:能動運動・歩行支援・機能的動作訓練
鎮静十分に除去または軽度に調整可能な患者・人工呼吸器離脱直後などでは、立位移動・歩行開始・階段昇降など日常動作に近づけた運動療法を設計します。
これらの段階は、鎮静レベル(例:RASSスケール)、人工呼吸器装着・離脱状況、臓器機能・循環動態・合併症(出血・骨折リスク・変形性関節症など)をモニタリングしながら進行させる必要があります。
運動療法を鎮静管理中に実施するためには、次のような工夫・留意点があります:
・鎮静レベルの調整:運動開始可能な覚醒度(たとえばRASS 2〜0程度)まで鎮静を軽減できるかを検討し、過鎮静による運動介入遅延を避ける。実際、鎮静最適化がモビリゼーション効果を左右すると報告されています(※3)。
・挿管・人工呼吸器装着中の介入:端座位支援、ベッドサイクリング、NMESなど、“ベッドから外れずに実施可能な運動療法”を導入。これにより、臥床時間の短縮・筋量維持につながる可能性があります(※2)。
・安全モニタリング体制の明確化:循環動態・呼吸パラメータ(SpO₂, FI O₂, PEEP, 呼吸数)・鎮静スケール・疼痛・出血リスク・骨折・ライン抜去リスクなどを事前確認し、運動中止基準を定めておく。
・多職種連携と動線設計:集中治療部門(ICU)・理学療法士・看護師・臨床工学技士・鎮静管理医師が連携し、端座位・立位・歩行などへの移行までを見据えたリハビリテーション導線を設計する。
・段階・時間・頻度の設定:メタ解析によれば、運動療法の頻度・時間量(例:週3〜5回以上)が機能改善に関連することが示されており(※4)、鎮静中でも可能な“短時間但し毎日に近い”介入検討が重要です。
鎮静管理下の運動療法として、以下の内容が現場で実施しやすいものです:
・ベッド上の足関節・膝関節・股関節の可動域運動(受動・準受動)
・ベッドサイド“座位ペダル”(セミリクライニング座位でのペダル運動)
・NMESによる下肢筋群刺激(大腿四頭筋・腓腹筋)+横隔膜筋訓練
・端座位・立位支援(昇降装置・傾斜台使用)+バランス訓練
・歩行再開後:アシスト歩行、階段昇降、日常動作ドリル
各段階で、患者の鎮静レベル・耐容性・出血リスク・骨折リスクなどを確認しながら進めることが重要です。
・ICU・回復期ステージの理学療法・リハビリスタッフ・看護師・鎮静担当医師・臨床工学技士が モビリゼーション・運動療法実施可否の基準・フロー を共有します。
・運動療法開始までの 覚醒度基準・鎮静調整のプロトコル・安全停止基準(例:SpO₂ < 88 %、HR変動+20%、血圧低下など) を明文化します。
・ベッド上・端座位用の運動機器(座位ペダル・立位補助装置・昇降台など)およびNMES機器・モニタリング機器を配置し、動線を確保します。
・スタッフ教育を実施。運動療法中の鎮静・呼吸状態変化・合併症リスク(血管ライン・骨折・出血)への対応を習熟させます。
・対象患者(長期臥床・鎮静管理・人工呼吸器装着など)を早期に抽出し、“受動運動開始→座位・立位支援→歩行介入”という段階的プランを作成します。
・運動頻度・時間・強度を記録。例:ベッド上10分/日+座位5分→翌日15分/日+座位10分、というように段階的増加を想定。研究では「少なくとも1回/日・週3日以上」が機能回復に関連するという報告があります(※4)。
・定期的に効果測定(例:筋力計測・歩行距離・立位保持時間・ADL得点)を行い、進捗を多職種で共有。改善が乏しければ介入プランを再検討します。
・運動療法実施後の鎮静レベル・呼吸状態・循環状態変化をモニタリングし、異常時は速やかに中断・医師連携を行います。
・運動療法は「導入して終わり」ではなく、維持・拡張が鍵。回復期・転床後も運動継続がQOLやADL維持に寄与します。最新レビューでもICU退院後の運動訓練が身体・認知・精神面の改善に関連していることが報告されています(※2)。
・成果を施設内で可視化(例:運動介入率、運動開始までの日数、筋力改善・離床率・転倒率)し、改善サイクルを回します。
・患者や家族にも運動の必要性・目標を説明し、自宅・病床外でも継続可能な自主運動指導を設けることで、運動療法の“出口”までをデザインします。
・リスク・障壁(鎮静過多、ライン・チューブ・人工呼吸器装着、スタッフ不足)を事前に共有し、運動介入可能な“窓”をつくる運用設計を行います。
鎮静管理下にある患者に対しても、運動療法の介入は「待つこと」ではなく「可能な形で早期から動かすこと」が鍵となります。本文で示したように、①概念とエビデンス、②段階的な手法・鎮静調整、③実践のための導入・継続・評価という3つの視点を押さえておくことで、医療従事者はその運用により深みをもたせることが可能です。
特に、鎮静過多が運動介入の遅れ・機能低下の悪循環を招くという報告もあります(※3)。したがって、運動療法は「鎮静を解除してから全て始める」のではなく、「鎮静管理を見据えつつ、可能な運動介入を持続的に行う」ことこそが現場の質を左右します。
医療機関・ICU・リハビリ部門・看護部門・臨床工学部門が連携し、動線・評価・記録・継続プログラムを設計することで、鎮静管理下でも患者の機能低下を最小限に抑え、回復を支える運動療法を実践していきましょう。
※1 Yamashita K, et al. Effectiveness of new sedation and rehabilitation methods for critically ill patients. J Phys Ther Sci. 2017.
https://doi.org/10.1589/jpts.29.138
※2 Liu K, et al. From bedside to recovery: exercise therapy for prevention of post intensive care syndrome. J Intensive Care. 2024;12:11.
https://doi.org/10.1186/s40560-024-00724-4
※3 Yi Tian Wang, et al. Physical Rehabilitation in the ICU: A Systematic Review and Meta-Analysis. Crit Care Med. 2022;50(3):375 388.
https://doi.org/10.1097/CCM.0000000000005285
※4 Wu R Y, et al. Effects of different types and frequencies of early rehabilitation on ventilator weaning among patients in intensive care units: A systematic review and meta analysis. PLoS ONE. 2023;18(4):e0284923.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0284923

