高齢者における大腿骨の骨折は、運動機能の低下のみならず、生命予後やQOL(生活の質)にも重大な影響を及ぼす疾患です。超高齢社会の日本においては、転倒による大腿骨骨折の頻度が増加しており、医療・介護の現場でもその対応が重要な課題となっています。本コラムでは、エビデンスに基づいた知見をもとに、大腿骨骨折が高齢者や家族に与える影響、治療とリハビリの実際、そして予後改善のために必要な支援体制について解説します。
大腿骨骨折は、通常「大腿骨近位部骨折」を指し、転倒や打撲などの比較的軽微な外傷でも発生することが特徴です。特に高齢者では、骨粗鬆症により骨が脆弱化しているため、屋内での転倒でも骨折が生じやすくなります。日本整形外科学会のデータによれば、2020年時点での大腿骨近位部骨折の年間発生数は約19万件にのぼり、その7割以上が女性であり、特に80歳以上の高齢者で多く発生しています。
また、発症のリスク因子としては、筋力低下、バランス能力の低下、認知機能障害、視力障害、服薬(特に降圧薬や睡眠薬)などが報告されています。
大腿骨骨折は単なる骨折にとどまらず、寝たきりや施設入所、長期入院につながる可能性があるため、患者本人だけでなく家族や社会にも大きな影響を及ぼします。大腿骨骨折は、高齢者の自立した生活を脅かす重大な要因の一つです。実際に、骨折後の死亡率は非常に高く、特に85歳以上の高齢者においては、骨折後1年以内の死亡率が22%に達するとの報告もあります。このように大腿骨骨折は単なる骨の損傷にとどまらず、高齢者の生命予後や生活の質に大きな影響を及ぼします。
家族にとっては、急な入院対応や退院後の介護負担、生活環境の調整、経済的な負担など、多岐にわたる課題が生じます。さらに、患者のうつ症状やせん妄など精神的影響が家族にも心理的負担を与えることがあり、医療従事者は患者のみならず家族への支援にも留意する必要があります。
大腿骨骨折の治療は、原則として手術療法が選択されます。骨折の部位(頸部骨折、転子部骨折など)に応じて、骨接合術または人工骨頭置換術が行われます。エビデンスによれば、早期(48時間以内)の手術実施が合併症の発症率や死亡率を低下させるとされています。
手術後は、できるだけ早期に離床・歩行練習を開始することが重要です。早期リハビリテーションは廃用症候群の予防や在院日数短縮、ADL自立度の向上に寄与します。特に高齢者では、筋力や認知機能の低下が背景にあるため、身体的アプローチだけでなく心理的支援も並行して行うことが望まれます。
大腿骨骨折の予後改善には、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、薬剤師、管理栄養士、ソーシャルワーカーなど、多職種による包括的なチームアプローチが必要です。特に在宅復帰を目指す場合には、リハビリスタッフだけでなく、退院支援看護師やケアマネジャーとの連携も重要となります。
また、骨粗鬆症治療(ビスホスホネートやデノスマブ等)や転倒予防プログラムの導入も再骨折の防止に不可欠です。ある研究では、フレイル高齢者に対する栄養介入と運動療法の組み合わせが、骨折後の身体機能回復に有効であることが示されています。
さらに、せん妄やうつといった精神症状への対応、退院後の社会的孤立の防止など、患者一人ひとりの背景を考慮した支援が求められます。
高齢者の大腿骨骨折は、身体的、精神的、社会的に大きな影響を及ぼす疾患であり、患者本人だけでなく家族、社会全体に波及します。最新の知見では、早期の手術、適切なリハビリ、そして多職種連携による包括的な支援体制が、回復と再発予防に極めて重要であることが明らかになっています。医療従事者としては、こうしたエビデンスを踏まえた介入を行い、高齢者の尊厳ある生活を支えていく姿勢が求められます。
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