高齢化社会が進む中で、地域在住の高齢者における「転倒予防」は医療・介護・リハビリの現場で最優先課題の一つとなっています。転倒は、骨折や入院、要介護化を招く大きなリスクであり、単なる怪我では済まない場合も少なくありません。医療従事者としては、高齢者が転倒を繰り返さず、自立した生活を維持するために、どのような筋力トレーニングを処方すべきかを整理しておく必要があります。本稿では、「高齢者」「転倒予防」をキーワードに、筋力トレーニングのエビデンス、実践方法、注意点を解説します。
高齢者では、加齢そのものの影響に加えて、疾患や生活環境の変化により、筋量とともに筋力も低下しやすくなります。筋力低下は「サルコペニア」や「ロコモティブシンドローム」の背景となり、歩行能力やバランス能力を低下させ、結果として転倒リスクを高めます。
例えば、最近のメタアナリシスでは、運動プログラムを受講した地域在住高齢者では転倒率の有意な低下が報告されています。(※1)
さらに、ガイドラインでも「筋力・バランス・機能運動を含む運動プログラムが高齢者の転倒予防に強く推奨される」と明記されています。(※2)
つまり、高齢者の転倒予防において、筋力トレーニングは不可欠な要素であり、運動療法を意図的に設計することが重要です。
システマティックレビューでは、筋力トレーニングやバランス運動を含むプログラムを高齢者に導入した場合、転倒を防止できる可能性が示されています。Papaliaらのメタ解析では、「高齢者(65歳以上)におけるバランス・ポスチャル運動は、転倒および転倒者数を有意に減少させる」という結果が報告されています。(※3)
また、Sherringtonらの報告によると、多成分運動(バランス+機能運動+筋力運動)を週3回以上、12週以上継続したプログラムで転倒リスクが約34%低下したとされています。(※4)
これらのデータは、筋力トレーニングを中心に据えた運動療法が、高齢者の転倒を予防するための有効な戦略であることを裏付けています。
筋力トレーニングは筋量・筋力の維持・改善だけでなく、骨密度の維持にもリンクしています。筋収縮による骨への機械的刺激は骨形成を促し、骨粗鬆症予防にも寄与します。転倒による骨折リスクそのものを減らすためには、筋力強化が二次的要素として機能することを理解しておくべきです。
高齢者に筋力トレーニングを導入する際、運動療法を安全かつ効果的に実践するために、以下のポイントに留意する必要があります。
転倒予防目的で推奨される主な運動種目は次のようなものです:
・立ち上がり動作(Sit-to Stand):椅子から立ち上がる反復運動は、股関節・膝関節・足関節近位筋群を刺激し、日常生活動作(ADL)改善にも直結します。
・歩行/ステップ練習:前後左右にステップを踏むトレーニングや、段差昇降などを取り入れることで足下の筋・バランス能力を高めます。
・レジスタンストレーニング(抵抗運動):レジスタンスバンドを用いた下肢筋(大腿四頭筋・殿筋群・腸腰筋群)の強化。
・バランストレーニング:片足立ち、ヒール・トウ歩行、タンデム歩行、ボード上での姿勢制御訓練など。
・多成分プログラム:上記運動を組み合わせて実施することで、総合的な転倒予防効果が期待できます。ガイドラインでも「バランス+機能運動+筋力運動」の併用が強く勧められています。(※2)
・強度:高齢者では中等度強度(例えば「ややきつい」と感じる程度)が適切とされ、筋力負荷としては1RM(最大挙上重量)の30~50%程度を目安にする研究もあります。
・頻度:週3回以上が望ましく、少なくとも12週間継続することが転倒予防効果を発揮する条件とされています。(※2)
・継続性:効果を維持するためには、長期に継続可能な運動プログラム設計が重要です。日常生活に組み込める運動から始め、段階的に負荷を増すことが推奨されます。
近年、運動療法の補助技術として EMS(Electrical Muscle Stimulation) の活用が注目されています。EMSは自発運動が困難な高齢者や筋力低下が顕著な症例でも、筋収縮を促せる手段として有効性が報告されています。
例えば、Šarabonらのレビューでは、抵抗運動・全身振動(WB Vibration)・EMSの筋力改善効果を比較しており、EMSも筋力強化の選択肢として位置づけられています。(※5)
また、高齢者を対象にした研究では、EMSプログラムが筋機能やバランス、転倒リスク低減に寄与する可能性が示唆されています。(※6)
医療従事者は、EMSを導入する際には適応、機器設定、安全管理を理解した上で、「筋力トレーニング+EMS併用」を検討することで、転倒予防への実践的な介入を強化できます。
1. アセスメント:筋力、歩行速度、バランス能力、転倒歴、骨粗鬆症やサルコペニアの有無などを評価。
2. 運動処方:初期〜中期:ウォーキング+SittoStand+レジスタンスバンド下肢筋力強化+バランス練習。
中期以降:負荷を段階的に増し、自重スクワット、ステップ昇降、片足立ち、さらにはEMS併用プログラム。
3. EMS併用の検討:筋力極端に低下している高齢者や運動開始が困難な症例に対し、EMS 20〜30分/週2〜3回を併用。
4. モニタリングと進捗評価:定期的に筋力(例:大腿四頭筋挙上力)、歩行速度、TUG(Timed Up and Go)、転倒エピソードの有無をチェック。
5. 継続支援:地域グループ運動、在宅トレーニング指導、理学療法士・作業療法士などとの連携で継続性を確保。
・高齢者では骨粗鬆症・関節疾患・心疾患・認知機能低下など併存するケースが多いため、運動開始前に医師による総合的な評価を行い、「運動療法適用可否」「運動強度」「除外条件」を明確にしておくことが重要です。
・転倒予防のためには、筋力強化だけでなく環境整備(床の滑りやすさ、手すり設置、照明改善)や視覚・薬物・血圧・認知機能など多因子介入を併用することがガイドラインで推奨されています。(※2)
・EMS導入時には、機器操作や安全基準(心臓ペースメーカー装着者への適用制限、筋肉過負荷による有害反応など)を理解した理学療法士・看護師などが主導することが望ましいです。(※7)
・継続性確保が鍵です。運動プログラムが中断されると早期に筋力低下・バランス障害が進行してしまうため、日常生活動作に近い運動から始めて、日課化できる形に落とし込むことが肝要です。
高齢者の転倒予防において、運動療法は不可欠な柱です。特に筋力トレーニングは、バランス能力や歩行能力と密接に関わり、転倒リスクの低減に有効であるというエビデンスが蓄積されています。また、EMSなどのデバイスを併用することで、筋力低下が著しい高齢者にも運動介入の道が開かれる可能性があります。
医療従事者は、対象の高齢者の状態を的確にアセスメントし、運動療法プログラムを個別処方しつつ、EMS等の先端手法も視野に入れ、転倒予防に向けた多面的アプローチを展開していく必要があります。
1. Tim W, et al. Exercise based reduction of falls in communitydwelling older adults: a network meta-analysis. Eur Rev Aging Phys Act. 2023.
https://doi.org/10.1186/s11556-023-00311-w
2. Montero Odasso M, et al. World guidelines for falls prevention and management for older adults: a global initiative. Age and Ageing,2022.
https://doi.org/10.1093/ageing/afac205
3. Papalia GF, et al. The Effects of Physical Exercise on Balance and Prevention of Falls in Older People: A Systematic Review and Meta-Analysis. J Clin Med. 2020;9(8):2595.
https://doi.org/10.3390/jcm9082595
4. Sherrington C, et al. Exercise for preventing falls in older people living in the community. Br J Sports Med. 2020;54(15):885.
https://doi.org/10.1136/bjsports-2019-101512
5. Šarabon N, et al. Resistance Exercise, Electrical Muscle Stimulation, and Whole Body Vibration: A Systematic Review with Meta analysis of Muscle Strength. BioMed Res Int. 2020.
https://doi.org/10.3390/jcm9092902
6. Kern H, et al. Electrical Stimulation Counteracts Muscle Decline in Seniors. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2014.
https://doi.org/10.3389/fnagi.2014.00189
7. Joerg B, et al. Feasibility and Safety of Whole-Body Electromyostimulation in Frail Older People—A Pilot Trial. Front. Physiol., 24 June 2022
https://doi.org/10.3389/fphys.2022.856681

