変形性股関節症(以下「股関節症」)は、高齢化や肥満、股関節構造異常、関節負荷の累積などを背景に発症し、疼痛・可動域制限・歩行困難・日常生活動作(ADL)低下といった機能的障害を来たす代表的な整形外科疾患です。
医療従事者として、患者の症状進行を遅らせるだけでなく、運動療法と適切な患者教育を通じて、生活の質(QOL)維持・改善を目指すアプローチが非常に重要になります。
本コラムでは、「変形性股関節症における運動療法と患者教育」をテーマに、①股関節症の機序と症状・運動療法の意義、②運動療法のプログラム設計と具体的介入内容、③患者教育・モチベーション維持・現場での運用ポイント、という3つの視点で整理します。
変形性股関節症は、股関節の軟骨変性・関節隙減少・骨棘形成・メタプラスト変化などが進行し、関節内・周辺組織に負荷が集中することで発症します。
症状としては「股関節部や鼠径部の痛み」「動き始めの違和感」「立ち上がり・歩行・階段昇降の困難」「可動域(特に内旋・外旋・屈曲制限)の低下」などが典型的です。
進行すると歩行パターンの代償、筋力低下、さらに日常活動の制限・転倒リスク増大・QOL低下を招くため、早期介入が勧められます。
股関節症に対して、運動療法は保存療法の柱であり、ガイドラインでも第一選択として位置づけられています。
たとえば、股関節・膝の変形性関節症に対する運動療法に関して、システマティックレビューでは「運動療法は疼痛・機能改善に有益であり、安全性も高い」とされています(※2)。
具体的には、股関節症患者に対して行われた18件のRCTを含むレビューでは、運動介入後に疼痛 (SMD –0.38) および機能 (SMD –0.31) の改善が示されました(※1)。
このように運動療法は、痛みを軽減し、可動域・筋力・歩行能力を改善する可能性があるため、変形性股関節症患者にとって極めて重要な介入手段となります。
また、運動療法は薬物療法や手術療法の準備・代替にも活用でき、患者自身が主体となる自己管理も促進します。
ただし、「どのタイプの運動が最適か」「どの頻度・強度が望ましいか」については明確な優位性を示す十分なデータがあるわけではなく、患者個別の状況を踏まえたプログラム設計が求められます(※2)。
そのため、医療従事者としては運動療法を設計する際、適切な時期・内容・患者教育・継続支援を含めた包括的な介入体制を整えることが重要です。
ここでは変形性股関節症患者を対象に、運動療法を実践するためのプログラム構成と、具体的な介入内容を整理します。
プログラム構成にあたっては、以下のポイントを押さえておくと現場実践がスムーズです。
・目的設定:疼痛軽減、可動域改善、筋力強化、歩行・日常動作改善、QOL向上を明確化する。
・段階・進行設計:症状・可動域・筋力・負荷耐性に応じて「ウォームアップ→筋トレ/可動域訓練→有酸素・機能動作訓練→維持・応用」へ段階的に移行する。
・強度・頻度・期間設定:ガイドラインでは週2〜3回以上、持続期間8〜12週以上を目安とする運動プログラムが多く採用されており、症状許容範囲内の強度(例:中等度運動)を目指すと安全です。
・個別化設計:年齢、体重、合併症、活動レベル、痛みの程度、手術歴などを反映させる。
・モニタリング・効果測定:可動域(股関節屈曲・内旋外旋)、筋力(大腿・臀筋群)、歩行速度・歩行距離、疼痛スケール等を定期的に測定する。
・安全管理:痛み増悪、腫れ・出血・運動後筋肉痛の管理、過負荷防止、転倒リスク対策を確立する。
以下に、段階別に実施可能できる代表的な運動項目を紹介します。
段階1:ウォームアップ・可動域改善(初期)
・股関節屈曲・内旋・外旋可動域運動(ベッド上・座位)10〜15回×2回/日。
・大腿四頭筋・臀筋のアイソメトリック収縮(5秒保持×10回×2セット)。
・椅子またはベッドサイドでの軽い立位・体重移動練習(手すりを握りながら)1〜2分。
・ストレッチ:腸腰筋・大殿筋・ハムストリングスを各20〜30秒×2回。
段階2:筋力強化・バランス訓練(中期)
・レジスタンスバンドを用いたヒップアブダクション・エクステンション各10〜15回×2〜3セット。
・スクワット(膝屈曲90°まで)またはチェアスタンド10〜12回×2セット。
・サイドステップ・片脚立位10秒×3回/方向、バランスパッドを用いた練習。
・有酸素運動:ウォーキング10〜15分/日またはエアロバイク5〜10分、週3回。
段階3:機能動作・生活活動動作訓練(応用期)
・階段昇降(上り3段×3セット、手すり補助)・歩行30分/日・荷物を持って歩く練習。
・サイドランジ・ヒップヒンジ・荷重移動訓練10回×2セット。
・自宅環境再現:起立・着席・靴履き・車両乗降など模擬動作。
・自主運動プログラム:レジスタンスバンド運動、ウォーキング30分、ストレッチを毎日実施。
先述のシステマティックレビューでは、運動療法が痛み・機能に有意な改善を示したものの、その臨床的有意性については慎重な評価がなされています(※1)。
また別レビューでは、運動療法の安全性と実行可能性が高く、多くの患者でベースラインから改善可能であると指摘されています(※2)。
例えば、介入開始から8〜12週で疼痛スコアの低下・歩行距離の増加・可動域改善などが観察されており、現場では“12週後に歩行改善または日常動作改善がみられたか”を進捗評価の目安にすることが一般的です。
さらに、患者が主体的に運動を継続できる体制を整えることが、長期の機能維持につながることも報告されています。
運動療法の効果を最大化し、長期継続を促すためには、患者教育・モチベーション維持・環境整備が不可欠です。
・疾患理解:変形性股関節症の病態・進行リスク・運動療法の目的(痛み軽減・機能維持・進行遅延)を丁寧に説明します。
・運動の意味と期待値設定:運動療法が「筋力を戻す」「可動域を広げる」「歩けるようになる」ための手段であること、薬だけでは十分でないことを理解してもらいます。
・運動の安全な実施方法:痛みが強い時・腫れがある時にはまず可動域訓練・アイソメトリック運動から始めること、過負荷や反動運動が逆効果になる可能性があることを伝えます。
・自主運動の重要性と継続支援:通院間隔が開いても、自宅での運動を継続することで機能低下を防げることを説明し、運動記録表やアプリ・リマインダーなどを活用してもらいます。
・モチベーション維持:達成可能な短期目標(例:1ヶ月でウォーキング10分→20分、階段昇降3段)を設定し、振り返り・励まし・進捗可視化を実践。家族・職場の協力も促します。
・医師・理学療法士・作業療法士・看護師・管理栄養士と連携し、運動プログラム・栄養指導・生活活動改善・退職・職場復帰支援をトータルで設計します。
・運動開始時期・頻度・内容・進捗チェックをリハビリ部門が主体となって管理し、外来でもフォローできる体制を作ります。
・記録様式(可動域表・ウォーキング距離・筋力計測・運動実施日誌など)を整備し、進捗を「見える化」します。
・通院が難しい患者には、デジタルツール(動画指導・アプリ)や家庭向け運動プログラムを活用することで、運動継続を支援できます。
・運動を中断すると機能低下のリスクが高まるため、継続支援が重要です。通院頻度が減少するフェーズでも自主運動継続を促す体制(フォローコール・アプリ通知・運動会議)を導入します。
・患者が抱える障壁(痛み・腫れ・怠さ・天候・運動設備不足・モチベーション低下)を事前にヒアリングし、例えば「室内ウォーキング10分」「レジスタンスバンド運動」など代替手段を提示します。
・運動効果が出にくいケースでは、プログラムを見直し(強度・頻度・内容)、痛み・合併症・心理面(うつ・不安)など他領域の介入も検討します。
・定期的な評価(例:3ヶ月・6ヶ月ごと)を実施し、可動域・筋力・歩行・QOLの変化を確認したうえで、患者と成果を共有します。これにより「やれば変わる」という実感がモチベーション維持につながります。
変形性股関節症に対する運動療法と患者教育は、医療従事者が支援すべき核心部分です。運動療法による疼痛軽減・機能改善のエビデンスは蓄積されており(※1)、保守的治療として有効性と安全性を備えています。
本稿では、①運動療法の意義、②プログラム設計と具体的介入内容、③患者教育・運用のポイントという三つの視点で解説しました。
特に医療現場では、適切な時期に運動を始め、患者一人ひとりに合わせて段階的・継続的なプログラムを提供し、患者教育を通じて自宅でも運動を継続できる体制を構築することが早期機能改善とQOL維持につながります。
ぜひ、貴施設でも変形性股関節症患者に対し運動療法+患者教育を組み込んだリハビリテーションプログラムを設計し、「運動」「変形性股関節症」というキーワードを意識した質の高いケアを実践していただければと思います。
1. Teirlinck C H et al. “Effect of exercise therapy in patients with hip osteoarthritis: A systematic review and cumulative meta-analysis.” BMJ Open 2022.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9932106/
2. O’Brien J K, Jones A-L. “Exercise Therapy for Knee and Hip Osteoarthritis: Is There An Ideal Prescription?” J Clin Med 2023.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10199279/
掲載日:2026/2/13

