当サイトページは日本国内の医療関係者(医師、理学療法士、その他医療関係者)の皆様を対象に医科向け医療機器を適正にご使用いただくための情報を提供しています。
日本国外の医療関係者や、一般の方への情報提供を目的としたものではありませんので、あらかじめご了承ください。

医療関係者ですか?

YES
/
NO

NOを選択すると、
トップページに戻ります。

「代償戦略」としての異常歩行をどう捉えるか ─ リハビリに求められる新たな視点

はじめに

リハビリテーションの現場では、「異常歩行をいかに正常歩行へ近づけるか」が長年のテーマとなってきました。脳卒中後の分回し歩行、トレンデレンブルグ歩行、膝過伸展歩行など、私たちは日常的にさまざまな異常歩行を目にしています。

しかし近年、異常歩行を単純に「修正すべき問題」と捉えるだけでは不十分ではないかという考え方が広がっています。なぜなら、その歩行パターンが患者にとって機能を補う「代償戦略」として成立している場合があるからです。

実際には、異常歩行は障害の結果として現れるだけでなく、残存機能を活用して移動能力を確保するための適応行動でもあります。本稿では、異常歩行を代償戦略としてどのように捉えるべきか、そしてリハビリにおいて修正と活用のどちらを選択すべきかについて考えていきます。

異常歩行は「障害」か「適応」か

異常歩行という言葉には、どこか否定的な響きがあります。しかし、歩行の目的は「美しく歩くこと」ではなく、「安全かつ効率的に移動すること」です。

例えば脳卒中後の患者では、足関節底屈筋の出力低下や下肢の運動麻痺によって、本来の推進力を十分に発揮できなくなります。その結果として非麻痺側の筋活動を増加させたり、体幹運動を利用したりすることで前方への移動を実現します。

Allenらの研究では、脳卒中後の歩幅非対称性は単なる障害の指標ではなく、患者ごとの代償メカニズムを反映していることが示されています(※1)。つまり、同じ異常歩行に見えても、その背景には異なる運動戦略が存在している可能性があります。

この視点に立つと、異常歩行を観察する際には「どこが悪いか」だけではなく、「何を補うためにこの動きを選択しているのか」を分析することが重要になります。

異常歩行を無理に修正するリスク

歩容改善はリハビリの重要な目標です。しかし、すべての異常歩行を修正することが必ずしも患者利益につながるとは限りません。

例えば、股関節外転筋の筋力低下によるトレンデレンブルグ歩行を考えてみましょう。体幹を患側へ側屈させる動作は、一見すると非効率で異常な運動パターンです。

しかし患者にとっては、股関節外転モーメントを減少させる合理的な代償戦略であり、疼痛軽減や安定性確保に寄与している場合があります。

代償戦略が十分に機能している段階で歩容だけを改善しようとすると、かえって歩行速度の低下や転倒リスクの増加を招く可能性があります。

近年の歩行リハビリ研究では、歩行能力の回復には課題特異的な反復練習や十分な運動量が必要であり、単なる姿勢修正だけでは十分な改善が得られないことが指摘されています(※2)。

つまり、見た目の異常だけに着目するのではなく、その歩行が機能的にどのような役割を担っているのかを評価する必要があるのです。

「修正すべき異常歩行」と「活かすべき異常歩行」

では、どのような基準で判断すればよいのでしょうか。

臨床的には以下の3つの観点が有用です。

① 安全性を損なうか

転倒リスクを高める異常歩行は修正を優先すべきです。

例えば著しい膝折れやクリアランス不足によるつまずきは、移動能力そのものを脅かします。代償戦略であっても安全性が確保できない場合には介入が必要です。

② 二次障害の原因になるか

代償による過剰な関節負荷や筋疲労が将来的な障害を引き起こすケースがあります。

長期間の非対称歩行は腰痛や変形性関節症のリスク増加につながる可能性が指摘されており、短期的に有効な代償であっても長期的な視点で評価することが重要です。

③ 患者目標と一致しているか

歩行速度の向上を目指す患者と、美しい歩容を目指す患者では優先順位が異なります。

特に生活期リハビリでは、正常歩行の獲得そのものよりも「買い物に行ける」「仕事に復帰できる」といった活動・参加レベルの目標達成が重要になります。

その意味では、代償歩行であっても目標達成に寄与するなら十分に価値があると言えるでしょう。

リハビリに求められるのは「正常化」ではなく「最適化」

厚生労働省は高齢者リハビリテーションの推進において、「心身機能」「活動」「参加」のバランスを重視する考え方を示しています。単なる機能改善ではなく、社会参加やQOL向上まで見据えた支援が求められています。 [mhlw.go.jp], [mhlw.go.jp]

この考え方は異常歩行への対応にも通じます。

歩容の正常化だけを追求すると、活動量や参加機会を減少させる可能性があります。一方で代償戦略を無条件に容認すれば、二次障害のリスクを見逃しかねません。

重要なのは、「正常か異常か」という二元論ではなく、その患者にとって最も合理的な歩行を模索することです。

近年の歩行リハビリでは、高頻度・高強度の歩行練習や課題指向型アプローチの重要性が強調されています(※3)。症状の改善を目指しながらも、現時点で利用可能な代償戦略を活用して活動量を確保するという考え方が主流になりつつあります。

つまりリハビリの役割は、異常歩行を消すことではなく、患者の生活を最大化するために歩行戦略を最適化することにあるのです。

まとめ

異常歩行は必ずしも「修正すべき問題」ではありません。その多くは障害を補うための代償戦略であり、患者が生活機能を維持するために獲得した適応でもあります。

もちろん安全性や二次障害の観点から改善を目指すべきケースはあります。しかし、見た目の正常性だけを追求するのではなく、その歩行が患者にとってどのような意味を持っているのかを理解することが重要です。

今後のリハビリでは、「異常だから直す」という発想から、「患者の目標達成のためにどう活かすか」という発想への転換がより求められていくでしょう。異常歩行を代償戦略として捉える視点は、運動療法の可能性を広げ、より実践的なリハビリにつながる重要な考え方といえます。

参考文献

(※1)
Step Length Asymmetry is Representative of Compensatory Mechanisms Used in Post-Stroke Hemiparetic Walking, Jessica L Allen, et al.
Gait & Posture:33(4), 538-543, 2011
https://doi.org/10.1016/j.gaitpost.2011.01.004

(※2)
Influence of skill and exercise training parameters on locomotor recovery during stroke rehabilitation, T George Hornby, et al.
Current Opinion in Neurology:29(6), 677-683, 2016
https://doi.org/10.1097/WCO.0000000000000397

(※3)
Gait rehabilitation after stroke: review of the evidence of predictors, clinical outcomes and timing for interventions, Clara Selves, et al.
Acta Neurologica Belgica:120(4), 783-790, 2020
https://doi.org/10.1007/s13760-020-01320-7

掲載日:2026/10/5

この記事の著者

コンテンツ制作チーム
コンテンツ制作チーム

医療機器メーカーとして培ってきた経験を大切にしながら、健康や身体に関する情報を発信しています。

読者の身近な疑問に寄り添い、一般の方の日々の健康づくりや、医療従事者の方の日々の臨床に役立つコンテンツをお届けします。

皆さまがご自身の身体や健康に目を向けるきっかけをつくれるよう、誠実な情報発信に努めています。

関連商品

記事一覧に戻る