近年、がん医療において「運動療法」の重要性が大きく注目されています。
従来、がん患者では「安静にすること」が重視される場面も少なくありませんでした。特に化学療法や放射線治療中は、倦怠感や食欲低下、疼痛などの症状が強く、「無理に動かないほうがよい」と考えられることもありました。
しかし現在では、過度な安静は身体機能低下や筋力低下、活動量低下を招き、結果としてQOL低下につながることが広く認識されています。
そのため近年では、「がん患者に対して、いかに安全に身体活動を維持するか」という視点が重要視されるようになっています。
実際に、多くの研究で、がん患者に対する運動療法が身体機能や心肺機能、倦怠感、QOL改善などに寄与する可能性が報告されています(※1)。
さらに最近では、運動療法は単なるリハビリテーションではなく、“がん支持療法”の一つとして位置づけられるようになってきています。
がん患者では、疾患そのものだけでなく、治療の影響によって身体機能低下が起こりやすくなります。
化学療法では、
・倦怠感
・食欲低下
・貧血
・末梢神経障害
などが生じることがあります。
これらによって活動量が低下し、筋力低下や持久力低下が進行しやすくなります。
また、放射線治療や長期入院による廃用も、身体機能低下の大きな要因です。
進行がんでは、炎症や代謝異常により筋肉量の減少が進行する「がん悪液質」が問題となります。
この状態では、単なる低栄養ではなく、筋蛋白分解が亢進しており、著しい筋力低下を伴うことがあります。
そのため、がん患者では「体力が落ちるのは仕方ない」と捉えるのではなく、早期から身体機能維持に介入する視点が重要です。
がん患者に対する運動療法では、さまざまな効果が報告されています。
システマティックレビューでは、運動療法によって心肺機能(cardiorespiratory fitness)が改善することが示されています(※1)。
特に有酸素運動は、
・持久力維持
・呼吸苦軽減
・活動耐容能改善
などに関連すると考えられています。
がん患者では、治療中に心肺機能が大きく低下することがあります。
そのため、「治療後に体力を戻す」のではなく、“治療中から機能低下を防ぐ”という視点が重要です。
がん患者で特に問題となる症状の一つが「がん関連倦怠感」です。
これは休息だけでは十分改善しない疲労感であり、QOL低下の大きな要因となります。
一方で、適切な運動療法は、がん関連倦怠感の軽減に有効とされています。
一見すると、「疲れているのに運動するのか」と感じる患者も少なくありません。
しかし実際には、“少しでも身体を動かすこと”が、活動性維持や疲労感の改善につながるケースも多くあります。
運動療法には、身体面だけでなく精神心理面への効果も期待されています。
がん患者では、
・不安
・抑うつ
・社会的孤立
・自己効力感低下
などを経験することがあります。
運動習慣の維持は、「自分で身体をコントロールできている感覚」にもつながり、心理的支援の一つとなる可能性があります。
医療従事者の中には、
・骨転移がある
・貧血がある
・化学療法中である
・全身状態が不安定
といった理由から、運動療法の安全性に不安を感じるケースもあるかもしれません。
しかし近年のレビューでは、適切な評価と管理のもとで実施される運動療法は、安全かつ実施可能であることが示されています(※2)。
もちろん、すべての患者に同じ運動を行うわけではありません。
重要なのは、
・病態評価
・リスク管理
・個別化
・多職種連携
です。
例えば、
・病的骨折リスクが高い骨転移
・重度貧血
・発熱や感染症
・重篤な心肺疾患
などでは慎重な判断が必要です。
そのため、運動療法では「運動するか・しないか」の二択ではなく、“どの程度なら安全に動けるか”を考えることが重要になります。
がん患者では、症状変動も大きいため、「毎日同じように運動する」ことが難しい場合もあります。
そのため、
・ベッド上での軽運動
・短時間歩行
・座位時間短縮
・呼吸練習
など、小さな活動を継続する視点が重要です。
近年では、“座りすぎを減らす”という考え方も注目されています。
医師には、
・運動制限の判断
・病態把握
・リスク評価
などが求められます。
特に骨転移や循環器合併症の評価は重要です。
理学療法士・作業療法士は、
・身体機能評価
・運動処方
・動作指導
・転倒予防
などを担当します。
また、「患者が安全に動ける方法」を具体的に提示できることが大きな役割です。
看護師は日常生活の変化に気づきやすく、
・活動量低下
・疲労感増悪
・ADL低下
などの早期発見につながります。
また、患者の不安に寄り添いながら活動を促す支援も重要です。
今後のがん医療では、「治療を行うこと」だけでなく、“患者がその人らしく生活できること”がますます重要になると考えられます。
その中で、運動療法は単なる身体機能訓練ではなく、
・QOL維持
・活動性維持
・社会参加支援
・フレイル予防
など、多面的な役割を担っています。
また、近年では「Exercise is Medicine」という考え方も広がっています。
もちろん、がん患者に対する運動療法では、安全管理が大前提です。
しかし、“動かないことによるリスク”にも目を向ける必要があります。
医療従事者には、「安静を勧める」だけではなく、“安全に動き続ける支援”が求められているのです。
(※1)Efficacy of Exercise Therapy on Cardiorespiratory Fitness in Patients With Cancer: A Systematic Review and Meta-Analysis, Jessica M Scott, et al.
Journal of Clinical Oncology, 2018 Aug 1;36(22):2297-2305
https://doi.org/10.1200/JCO.2017.77.5809
(※2)A Systematic Review of the Safety, Feasibility and Benefits of Exercise for Patients with Advanced Cancer, Nico De Lazzari, et al.
Cancers (Basel), 2021 Sep 6;13(17):4478.
https://doi.org/10.3390/cancers13174478
掲載日:2026/6/15

